第1章 11
卸だけではなく、
自分たちの名前で売りたい

和装業界の商習慣や流通構造を目の当たりにしながら、三代目廣田裕宣の中には、自然とひとつの思いが強くなっていきました。
「卸問屋との取引だけに頼り続けるのではなく、自社ブランドを作ろう。和の素材で洋風のバッグはどうだろう。」
そう考えた裕宣は、さっそくファッションに詳しい知人に相談したところ、女性に人気の外国製バッグを教えてもらいました。すぐにそのバッグを職人に見せ、試作品づくりが始まります。
まずは「ダミー」と呼ばれるモック(形だけを確認する試作品)を作り、サイズや持ち手の長さをチェックします。そこからセカンド・サードサンプルと改良を重ね、職人の技術で細かな要望を形にしていきました。
形が固まると、次は「どの素材で仕立てるか」という段階に進みます。ここで裕宣の頭に浮かんだのが、あの谷町の倉庫でした。
洋花、秋草、江戸小紋……。そして、自宅のリビングにあったクッションの柄──かつて二代目がフィレンツェで出会い、リサイズされた「しまうま柄の本革」です。
「しまうま柄の革でバッグを作ったら見たことのないものになる」
本来は無地革で作るつもりだったバッグを、あえてしまうま柄の革で仕立てることにしました。倉庫で眠っていた素材に、ようやく出番が回ってきました。
第1章 12
「美しいキモノ」掲載で、
初めて届いた“お客様の声”

1998年、菱屋が春・秋に広告を出していた雑誌『美しいキモノ』にしまうま柄のバッグを掲載しました。
するとそのバッグが着物好きの方々の目に留まり全国から連日問い合わせの電話がかかってきました。
二代目嘉秀は驚きました。長年同じ媒体に広告を出しても、反応は年に1件あるかどうか。それが雑誌発売初日から1日に2件ほど電話が来る状況になったからです。
この電話は菱屋にとってとても貴重な時間でした。
商品の感想、和装や草履への思い、業界への要望など─着物を愛する方々と直接言葉を交わせたことで「誰のために、何を作るのか」という視点がよりはっきりしていきました。
この流れから、通販用のパンフレット制作にも取りかかります。それに合わせて、ブランド名も考えることにしました。
第1章 1 - 13
「Calen Blosso
(カレンブロッソ)」という名前

二代目から「『花ごよみ』という商標を持っている」と聞きました。ここから、「花ごよみ(Flower Calendar)」と言葉をあてはめ辞書を引きながら英単語を組み合わせていきます。
Flower(花)
Blossom(花・開花する)
Calendar(暦)
「Flower Calendar」から「Blossom of Calendar」へさらに「Calendar of Blossom」というイメージを経て最終的に「Calen Blosso(カレンブロッソ)」という造語が生まれました。大阪人はこういう言葉遊びが大好きなのです。
ブランドのコンセプトは「新古今和創」としました。
ブランド名とコンセプトが決まり、通販パンフレットも完成ししまうま柄のバッグは20~30本ほど販売されました。この経験から裕宣の中に「自分たちのブランドで直に届ける」という感覚がはっきりと芽生えていきます。
第1章 14
「コピーではなく、
オリジナルの型を作る」

意気消沈していたとき店舗デザイナーからもらったメッセージを思い出します。
「このスペースは自信作を1点、2点だけ置くミニマルショップにしました。
海外のブランド風商品ではなく、オリジナル商品が輝くブランドになってください」
菱屋のオリジナル素材でバッグを作ってはいたもののバッグの「型(シルエット)」は、流行りのバッグの真似に近いものでした。その事実をガラスが割れた出来事とともに突きつけられたように感じました。
「素材だけでなく、バッグの形そのものも自分たちでデザインしよう」ここから、リサーチと試行錯誤を重ねる日々が始まります。
第1章 15
「着物にも持てる洋装バッグ」
という発想転換

オリジナルバッグのデザインに取り組み始めた頃、裕宣の頭の中にはすでに「売れているバッグ」のイメージがストックされていました。
数年にわたり街行く人のバッグを観察し、ファッション雑誌全盛期の情報も追いかけていたからです。
ここでコンセプトを逆転させます。
最初の発想は「洋服にも持てる和装バッグ」でした。
しかしここから「着物にも持てる洋装バッグ」へと切り替えます。
ターゲットを「着物ユーザーだけ」から「着物も着るけど普段は洋服が中心のユーザー」へと広げることで、デザインの自由度が一気に増しました。ストリートファッションの要素も取り入れ、しまうま柄の本革はバッグ全体ではなくパーツ使いにしバッグ本体には帆布を使うデザインを思いつきました。そしてこの帆布にも菱屋らしいこだわりを込めました。
一般に流通している帆布も取り寄せましたが、求める色や風合いがなかなか見つかりません。そこで、いつも本革の染色を依頼している工場に帆布のオリジナルカラー制作を依頼しました。
1級8号帆布を取り寄せ、京都の加工場で湯のしをして表面の油分を抜きそのあと革の染工房で染色します。そこに柿渋の染料を塗布しさらにテフロン加工で撥水処理を施しました。
こうして菱屋オリジナルの柿渋布「潤み(うるみ)」が生まれます。
バッグの形は、A4がしっかり入るマチ付きのビジネスバッグ型。
・本体には柿渋布「潤み」
・パーツにはシマウマ柄の本革
・付属には無骨なヌメ革
・縫製には太糸用の「0番ミシン」
製造は、当時知り合った洋装バッグ専門の工房に依頼しました。太い糸を縫える0番ミシンで縫い上げたバッグは、和装小物メーカーが作ったとは思えない、どこか「和モダン」な佇まいを持つものになりました。
サンプル製作を重ねるうちに、裕宣自身も自然とバッグのデザイン画を描けるようになっていきました。


